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個別記事の管理2012-09-02 (Sun)
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フラニーとゾーイー (新潮文庫)フラニーとゾーイー (新潮文庫)
(1976/04)
サリンジャー

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「ナイン・ストーリーズ」「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」に続いくグラース家ストーリー。これで読破かな。評判の良さは知っていたのでかなり期待して読了。以下BOOKデータベースより内容。

名門女子大で演劇や詩を学ぶグラース家の末娘フラニーは、過剰な自意識にさいなまれ、エゴの蔓延する世の中に吐き気をもよおし、デートの最中に失神する。心身のバランスをくずした彼女は、「ひたすら祈れば悟りが開ける」と説く「巡礼の道」という本に救いを見出そうと、自宅のソファーの上で子どものように丸くなって祈りの生活に入る。
当然、家族にしてみれば、睡眠も食事もろくにとらない彼女が心配でたまらない。兄ゾーイーの懸命の説得もむなしく、フラニーの心はかたく閉ざされたまま。あげくの果てには、亡くなった長兄シーモアと話がしたいと言いだす始末。

そんな妹のために、兄の啓示を受けるべく、ゾーイーは久しぶりに兄の部屋に足を運ぶ。戻ってきた彼は理路整然とフラニーの過ちを指摘していく。
「目の前で行われている宗教的な行為(母親はなんとかチキンスープを食べさせようとしている)に気づきもしない人間が、信仰の旅に出て何の意味があるのか」など、ゾーイーの口を借りて伝えられるシーモアの言葉にフラニーは…。


 内容長い! しかし超面白かったです。「フラニーとゾーイー」>「ナイン・ストーリーズ」>「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」といったカンジかな、自分的に。
 もともと「フラニー」と「ゾーイー」という独立したストーリーを1つに収録したものなのだけど、関連した作品なのでつなげたことによって、より分かりやすくなっていて助かった。
 グラース家の末娘フラニーが恋人と過ごすはずだった週末。しかし独特の宗教観を持つ彼女と平凡な金持ちのボンボンである彼との間がしっくりすることがなく、恋人同士の甘い会話になるはずがすべて口論となり、終いにはストレス?のためにフラニーは卒倒してしまう。その後すぐに帰宅した彼女は精神的にかなり参っていて2日間飲まず食わずの状態で寝込んだまま──。というのが前振りで、これから以後、美貌の兄ゾーイーの渾身の説得によって妹を精神的に立ち直らせるのが、本作のクライマックス。

 後半部「ゾーイー」部分は主にフラニーとゾーイー、そして2人の母親であるベシーの会話がメイン。
 幼い頃に上の兄たち、今は亡きシーモアと小説家であるバディによってキリスト教から東洋哲学等々、さまざまな宗教観念を植え付けられた結果、独特の宗教観を持つ二人。反してまったく凡人の母親。この対比がかなり面白く、娘のことを心配しつつもその心の中まではまったく理解できず苦悩する母親の姿がまた滑稽であるけれど愛おしい。
 そしてある意味、フラニーと運命共同体であるゾーイーは手にとるように彼女の気持ちと苦悩・葛藤が理解でき、なんとかして妹を助け出そうと説得を試みる。だけど、このゾーイーもかなりクセ物で素直じゃない。けれど家族、特に妹に対しての愛情はハンパない。

 自分の宗教を求めて俗世に対して抵抗感・嫌悪感を抱いているフラニー。それをゾーイーは単なる「甘え」と看破して、時に厳しく時に優しく諌める姿にはっきり言って萌えた。
 救いの道・神をひたすら求めるフラニーに当初は困惑するゾーイー。説得は一時は決裂し、迷った彼は自殺した兄シーモアの部屋に行き、書き遺された彼の幾つかの言葉から何らかの光明を得る。役者でもあるゾーイーが、二番目の兄バディの声色で電話をかけてフラニーを再度説得するという洒落た設定に思わずやられたなと。
 既に傍にはいない2人の兄達の存在の大きさを身をもって知ったゾーイー。このラスト近くのエピソードが自分的にはいちばん好きだなあ。

 さらに畳み掛けるような静かで感動的なラスト。
「身近な出来事に神を見出せない人間が、真の神など見つけられるわけがない」(←多分こんなようなことを言っているのだと思う)
 ということをわかりやすくフラニーに諭し、同時に彼女に対して将来への希望を示唆するゾーイー。さりげない優しさが堪らず、やられましたねー。

 作者が傾倒する宗教やら思想やらがかなり入り込んだ作品らしくなかなか難解なのだけれど、グラース家の家族愛はひしひしと伝わるはず。
 「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」はバディからシーモアへの愛を、今作はゾーイーからフラニーへ、そしてシーモアへ、さらに家族へとその愛が感じられた感動作だと。ライ麦よりは断然こちらの作品の方が好きになったなあ…などと、またも長すぎる駄文! 失礼いたしましたー(>_<)


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Theme : 今日の一冊 * Genre : 本・雑誌 * Category : サリンジャー
* Comment : (2) * Trackback : (1) |

* by まいまい
ああ、おかげさまでずいぶん思い出しました。
「フラニー」と「ホールデン」ってキャラはずいぶん違うけど、俗っぽい人や現実にうまく適応できないところは似ているような気がする。

そして「ゾーイ」!
「フラニー」を何とか助けようとする「ゾーイ」は
本当に素敵に思えた。でもグラース家の心の柱はいつもシーモアなんですよね。
確かもう一つ「ハプワース16、1924」っていうのがありますよね。さっぱり意味が分からなかった覚えがあります。

Re: まいまい様☆ * by 惺
こんばんは!
期待を裏切らず面白かった!
サリンジャー作品では一番好きな作品となりました。
「フラニー」部分では一体これは何を言いたいの?
と正直謎でしたが、このエピソードがちゃんと伏線になっていたとは!
「ゾーイー」部分も最初はベシーとの会話ばかりでうーん、何だコレは?
と思っていたところ、次第にこれは妹を立ち直らせる話だとわかって来た時の感動といったら!
衝撃が(大げさ)じわじわきました。

>でもグラース家の心の柱はいつもシーモアなんですよね。

これはホントそう思います。
フラニーがふと漏らした「シーモアと話したい」という一言にグッときたり、
ゾーイーがシーモアの部屋にいってちょっと弱気な一面を見せるシーンを読むとかなりそう思いますね。
かなり小難しいけれど優しさにじみ出る話だなあと。
「ハプワース16、1924」は知りませんでした。まいまいサン、詳しすぎる!
さっぱり意味が分からないって、今までのサリンジャーを読んでいるとなんとなくわかりますね 笑。
そちらもぜひ読んでみようかと思います。



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